『寒水白粥 凡骨将死 理懺事悔 聖胎自生』

 今年も残すとこ1カ月、当山深妙寺副住職は去る11月1日より年またぎ2月10日まで、
日蓮宗大荒行堂へ入行致しました。
 荒行堂の生活を表した言葉があります。 
【寒水白粥 凡骨将死】(かんすいびゃくじゅく ぼんこつまさにかれなんとす)
【理懺事悔 聖胎自生】(りざんじげ しょうたいおのずからしょうず)
 1日7回の寒水に身を清め、襲う睡魔に眼をこじ開け懺悔滅罪をして、1日2回の白
粥に命を繋げ、死と隣り合わせの中、仏祖三宝・諸天善神のご加護を頂き、喉を痛めな
がらの法華経の読経三昧、身・口・意(体・口・心)にお題目をお唱え、その力によっ
て自分自身を聖胎に導き、尊い身体となることを目的とする修行が荒行です。荒行堂で
の修行を終えた僧侶は日蓮宗修法師として加持祈祷が許され、荒行で得た功徳を檀信徒
皆様にご利益として分け与える事が出来るようになります。
 私自身も40年前に入行致しましたが、眠い寒いお腹がすくのは当たり前、人間の当た
り前の欲を極限にまで断ち、煩悩に打ち克ち得られるものがあるのではないでしょうか

 副住職は、私の法嗣であり、大事な息子であります、親バカな言い方すれば、「寒く
ないか、風邪ひいてないか、読経三昧でのど痛くないか、正座で脚痛くないか」と不安
で仕方ないですが、2月10日の無事成満を仏祖三宝にただひたすら祈るばかりです。

『おはぎとぼた餅』

 八月に入っても連日の猛暑日、なんと東京の連日の猛暑日の記録更新とか、暑さ寒さ
も彼岸までと祈るばかり。
 さて彼岸が近づくと、幼少の頃を思い出します。檀信徒の奥様方が我こそと、お寺に
お供えの手作りのおはぎやぼた餅を持ってお参りに来られた頃を。近所さんに、お裾分
けしても余るほどでした。昨今はでは、自由にお供え物を買ってお参りに来られており
ます。 
 私が仏門に入った頃は、宗祖日蓮聖人が鎌倉の龍口に斬首の刑に向かう途中で、一人
の老女性信者が、お聖人にお供えしたのがぼた餅で、時は9月12日でした。
ですから秋の彼岸にお供えするのが、ぼた餅と恥ずかしながら記憶しておりました。
 最近はネットですぐに調べられる便利な時代になりました。
早速調べてみますと、萩は秋の季語、牡丹は春の季語、萩の花をイメージして作られた
のがおはぎ、牡丹の花をイメージして作られたのがぼた餅。だから秋彼岸にはおはぎ、
春彼岸にはぼた餅をお供えする習わしだそうです。またお供えする理由は、諸説有るみ
たいですが、あんこの原料であるあずきの赤い色が「邪気払い」の力を持つ縁起物とし
て親しまれてきたからだと言われています。
 さてもうすぐお彼岸です、お供え物は現代では自由です。皆さんそれぞれご先祖、有
縁の諸霊位に手を合わせてお参りしましょう。

『一雨等潤』

 草木が湿っぽく香る空気を感じさせる気候、そろそろ入梅目前。
お釈迦様の教えに、三草二木の喩え話があります。
このすべての世界の山や川や谷などの地には、いろいろな草や木が生い茂っており、そ
の種類は多く、名前も姿もそれぞれ異なっています。
 そこに空いっぱいに雲が広がり、雨を降らします。
その雨は平等にあまねく降りそそぎ、草木を潤しますが、草にも大、中、小、異なりが
あり〈三草〉、木にも大木、小木〈二木〉があります。みなそれぞれの大きさにしたが
って潤い、生長し、花を咲かせ、実を結びます。
 これらの草や木は、同じ一つの大地に生え、一つの雨の潤す(一雨等潤)ところであり
ますが、同じ雨を受けても、草木はそれぞれの大きさや性質によって異なりがみられる
のです。
 この三草二木は、いずれも仏さまの教えを受けるひとびと〈衆生〉をたとえられたも
ので、この草木にあまねく降りそそぐ平等の雨が、一乗の教え、すなわち、すべての者
が仏になる教えを指しています。仏さまがこの世に出現されることが、大雲がわき起こ
ると表現され、大きな雲があまねく全世界を覆うように、仏さまの慈悲のこころが全世
界のひとびとを覆い尽くし、等しく一切を仏となす教えがそそがれていくのです。
 分け隔てのない仏の大慈悲を雨に喩えられた、お釈迦様の教えです。

『暑さ寒さも彼岸まで』

 厳冬の寒さも、三月に入り寒暖を繰り返し、それぞれ寒の時も暖の時も徐々に気温が
上がり、彼岸の中日を過ぎるとようやく春らしい陽気になるようです。
 ふりかえれば、去年の秋は彼岸を過ぎても残暑厳しく秋らしく陽気もなく、いきなり
冬が来て雪国の方々は雪の災害に見舞われ、頭が下がる思いです。年明けて二月の終わ
りには2011年の被災地大船渡に山林火災、2424人が避難生活を強いられ、人類の手によ
る消火活動では追いつかず、自然の恵みたるまとまった降雨により火勢が収まり、発生
から12日目に避難解除されたそうです。自然大災害は人類の手では、為す術無しの現実
を見せられました。
 さて二十日は彼岸の中日、当山では彼岸の法要を執り行います。此岸から仏の世界を
彼岸と見たせた彼岸の行事、これは彼岸に到達するため、静かな心にする修行の1週間
です。今いる自分は、過去にいるご先祖からつながれ、今いる自分は、未来へとつなぎ
ます。過現未のつながりを絶やす絶やさぬは、今いる自分に他なりません。自分は一人
ではない、森羅万象とつながり生かされております。そう感じるとお陰様の心持ちとに
なり、仏の心で生きる人となります。実は仏の心で生きる人のいる場所を彼岸と呼びま
す。幸せの彼岸は遙か彼方ではなく、私たちのすぐ近くにあります。穏やかな春の到来
はすぐそこ、万物の生命と環境を尊重しいのちに合掌。

『鬼は〜外、福は〜内』

 もうすぐ節分を迎えますが、当山はコロナ禍の影響で法要を
自粛しておりましたが、本年より再開させていただきます。生きている方々へ活を与え
られる法要なので、待ち遠しく思います。
 さて暦を見ると本年二月二日が節分に成っております。三日でないので調べてみます
と、節分とは、中国で発祥した暦法「二十四節気(にじゅうしせっき)」に由来するも
の。もともとは「立春、立夏、立秋、立冬」の各前日が節分とされていましたが、現代
では特に重要視されていた「立春」の前日のみ定着しました。
 本年は、地球と太陽の位置関係などから暦がずれる影響で1日早まり、「立春」が2月
3日となり、「節分」は例年より1日早い2月2日となったそうです。明治30年以来124年
ぶりに2月2日だそうです。
 恵方巻きや豆撒き等の習慣はまだまだ見られますが、玄関先に柊鰯を貼り付けてる家
は見かけなくなってきました。私が子供の頃聞いた言い伝えは、節分に来る鬼は鰯の臭
いが嫌いなのと柊の葉の棘が目に刺さり目がつぶれるから怖いんだよ。鬼が家に入って
来れないように柊鰯を飾って鬼からお家を守ろうとのおまじないです。
 おのおのが出来る範囲で、節分の行事を楽しみたいものです。

年末年始のお知らせ

 令和六年もあと僅か、ふり返れば、能登大震災に始まり日本列島至る所気象災害に見舞われ、四季を感じられぬ陽気の一年で有りました。体調管理に留意し皆様余日をお過ごし、新年をお迎え下さいませ。
 いのちに合掌、諸行無常の世を生かされ流れ転び起き、いつかは果てる我が生命(いのち)を認識し、万物の生命を尊重し共有し育みあい、その中で生かされている我が身だからこそ、力を尽くして誠実に精一杯生きることが尊いと自覚しながらこの世を全うしたいと思います。
 結びに、昨今の郵便事情を鑑み、年賀状のご交誼頂いてる皆様には、大変恐縮ですが、本年から、この年末年始のお知らせをもって年頭のご挨拶とさせていただきます。
 では、迎える新年に、自ら誓いを立て、願をかけ、生かされてる尊い命に感謝し、明日に希望を託して一日一日精いっぱい生き抜きましょう。                             合掌 

 年末の法務は十二月二十五日までで終了とさせて頂きます(急用はご連絡下さい)。深妙寺では来年度の行事を左記のように執り行います。 

  記
元旦祝祷会   一月一日(水)午前九時より午後三時まで 
節分会     二月二日(日)午後二時
        本年度より節分前後土日に変更、豆撒き再開
春季彼岸会   三月二十日(春分の日)午後二時       
新盆合同法要  七月六日(日)午前十時
盂蘭盆施餓鬼会 七月二十一日(日)午後二時
秋季彼岸会   九月二十三日(秋分の日)午後二時
宗祖御会式   十月二十六日(第四日曜)午後二時 

※深妙寺では護持丹精の為会費(一ヶ月、一口百円より)を募っております。檀信徒以外の方でも協力頂ける方は、よろしくお願い申し上げます。又、当山ホームページ一ページ目を、毎月更新してますので是非ご覧になって下さいませ。http://www.jinmyouji-nokotsudou.jp/  
  令和六年年十二月一日
当山有縁各位